十二歳の恐怖から始まった

探究

オアフで、グレッグさんに導引を教わった。

彼は精神科医で、太極拳の指導者で、ハワイ州マッサージセラピストでもある。三つとも50年以上も探求している人を、僕は他に知らない。

なぜ三つなのかを聞いたら、十二歳の話になった。

祖母が亡くなったとき、死ぬのが怖くてたまらなかったという。それで、長く生きる方法を探すと決めた。医学を学び、太極拳を習い、手で触れることを覚えた。全部、その一つの問いから伸びている。

六十年かけて、彼が今いちばん役に立つと言うのが導引だった。

原理を、彼は言った。

「東洋医学では気の流れの滞りが病気につながる。」

「注意を向けたところに、気が集まる。」

気の流れを良くするために全身にあるツボを押すことが導引に繋がる。ただ押すのではない。押しながら、そこで何が起きているかを感じる。感じている場所に、向かっていく。そういう考え方だと言う。

注意を向けていないものは、そこにあっても経験にならない*1。

同じことを、東と西が別の言葉で言っている。注意は、ただ向けるだけのものではない。向けた先が、その人の世界になる。

最初に教わったのは耳だった。

耳には三百近いツボがあるそうで、爪で全体をこする。二、三分。裏側も、ふちも。グレッグさんに言われて、耳をこすってみた。僕は体全体が温かくなっているのに気づいた。

次が背中、それから手と足の六つずつの点。彼はそれを泉と呼んだ。水が川に流れ込む最初の場所、という意味らしい。

押していくと、やけに痛い場所が出てくる。

彼はそれをゴールドポイントと呼んでいた。痛いのは、そこを気が通り慣れていないからだと言う。だから避けるのではなく、戻って触る。何度も。

僕は毎回、同じ場所が痛い。他はそうでもないのに、そこだけ飛び抜けている。押すたびに同じ反応が返ってくるので、もう覚えてしまった。

いつやるのが一番いいかを聞いた人がいた。

彼の答えは、あなたができる時間が一番いい、だった。大事なのは、やることのほうだと。

もう一つ、彼が言ったことがある。

「施術の道具を使うのはいい。体験してみるのは悪くない。でも頼りすぎると、自分の氣が育たない。」

施術道具を使っている人間として、これは聞いておくべき言葉だった。外部のデバイスを使い氣を整えるものと、自分で育てるものは別だ。前者だけで済ませようとすると、後者が育つ機会を失う。

耳のツボを刺激するだけなら、道具はいらない。

毎日、1分だけ耳をこする。
それだけでいい。
まずは始められることを続けていく。
グレッグさんはそうやって50年以上も行を積み上げているのだから。

*1 出典:William James『The Principles of Psychology』(1890年)第11章「Attention」。目や耳に届いていても、注意が向かなければそれは経験に入ってこない、という趣旨。要約は筆者による。

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