パソコンとスマホの前に座り続ける時間が、この十年で明らかに長くなった。呼吸は浅くなり、姿勢は固まり、脳だけが映像と情報を浴び続けている。体が緩む時間が、一日の中からなくなりつつある。トイレやお風呂、食事の時間にまで、画面が入り込んでいる。
呼吸は、放っておいても止まらないのに、自分の意志でも変えられる。心拍も血圧も消化も、基本は自律神経に任せきりで手が出せない。でも呼吸は、吸う長さも吐く長さも、今この瞬間から変えられる。
古代ストア派の哲学者エピクテトスは、人が悩むのは「自分がコントロールできること」と「できないこと」を混同するからだと説いた。体の働きのほとんどは、コントロールできない側にある。でも呼吸は、コントロールが可能だ。だから、体を緩めたいときの最初の一手になる。
禅には「調身・調息・調心」という言葉がある。身、息、心の順に並んでいる。心をいきなり静めようとはしない。先に体と呼吸を整えれば、心はあとからついてくる。
ハーバード大学の医師ハーバート・ベンソンは、1970年代に「リラクセーション反応」*1という考え方をまとめた。緊張や興奮とは逆向きの、体が落ち着いていく反応のこと。ベンソンが挙げた方法は、呼吸に意識を向けるような、ごく単純なものだった。
では、体が緩んでいるかどうかは、どうやって知ればいいのか。
今は、心拍変動という数字を、誰でも手元で確かめられる時代になった。心拍変動とは、心拍と心拍の間隔の揺らぎのこと。主に副交感神経の働きを映す指標とされている*2。一般に、高いほど体が緩んで回復できている状態、低いほどストレスや疲労、睡眠不足などで負担がかかっている状態と考えられている。
ただし、心拍変動は個人差が大きく、年齢とともに下がる傾向もある。他人と比べるより、自分の数字がどう動くかを見るほうが意味がある。
僕は多くの経営者と、この数字を一緒に見てきた。目立つのは、ときどき落ちる人ではない。ずっと低いままの人だ。低空飛行の状態が続いている。そういう人に、本当によく出会う。
それでも本人は、たいてい気づいていない。疲れが慢性的になると、疲れている状態が「普通」になるからだ。比べる基準がなくなる。本人は元気だと言う。でも体調は、絶好調とは言えない。
そういうときの自覚は、当てにならない。だから、自分の数字を自分で見ておく必要がある。
深呼吸を勧めているのは、根性論ではない。低空飛行のまま張り詰めた糸を意図的に緩めるための、いちばん身近な手段だからだ。
では、僕が実際にどうしているか。
僕はApple Watchを、ほぼ24時間365日つけている。外すのは朝の支度とお風呂の間、充電のためだけ。寝ている間もつけたまま。これで、自分の体を数字として見る準備が整った。
iPhoneのヘルスケアアプリを開けば、心拍変動の推移がいつでも見られる。自分の数字が今どのあたりにいるのか。感覚ではなく、記録で確かめられる。
深呼吸をするタイミングは、あらかじめ決めてある。朝起きて1分。日中は食事の前と、仕事と仕事の合間。そして寝る前。
共通しているのは、どれも「何かと何かの間」だということ。ひとつの状態から次の状態へ切り替わる境目に、呼吸を置く。深呼吸のための時間を新しく作る必要はない。一日の中にもとからある切れ目に、差し込むだけでいい。そう考えると、続けるハードルはぐっと下がる。
記録を見ていて、気づいたことがある。僕の場合、数字が大きく下がるのは移動のときだ。車での長距離移動や新幹線で、とくに下がる。だから、移動の前と移動中は、意識して呼吸を入れるようにしている。
ただ、正直に書いておく。深呼吸を続けて数字が上がる人もいれば、上がらない人もいる。呼吸だけで動かないなら、理由は呼吸とは別のところにある。
大事なのは、自分の現状を数字で知ること。数字を見て終わりにしない。数字をきっかけに、自分の手で切り替えの瞬間をつくる。仕事に注いでいるのと同じだけの情熱を、自分の心身にも注ぐ。そして、変わったかどうかをまた数字で確かめる。それが、日々の状態を良くしていく、いちばん地味で、いちばん手堅いやり方だと思っている。
出典
*1 Herbert Benson, The Relaxation Response, 1975
*2 Task Force of the European Society of Cardiology and the North American Society of Pacing and Electrophysiology, “Heart rate variability: Standards of measurement, physiological interpretation, and clinical use”, Circulation, 1996

